第64回 国際数学オリンピック日本大会(IMO2023)
案件名 | 第64回 国際数学オリンピック日本大会(IMO2023) |
案件名 (英文名称) |
The 64th International Mathematical Olympiad(IMO 2023) |
主催者 | 公益財団法人数学オリンピック財団 公式ホームページ:https://www.imojp.org/ |
会場 | 幕張メッセ 国際展示場(千葉市)・ホテル日航成田(成田市) |
開催期間 | 2023年7月2日(日)~13日(木) (12日間) |
参加国数 | 112ヵ国 |
参加者数 | 978名(うち海外から626名)《選手618名、関係者・役員約1,000名》 |
MICE概要 | ・世界中の数学的才能に恵まれた若者を見出し、その才能を伸ばすチャンスを与えること、数学好きの少年・少女や教育関係者達の交流を目指すことを目的として、1959年から毎年7月に参加各国の持ち回りで開催しています。 ・ルーマニアで1959年に始まった国際数学オリンピックの参加国数は当時7か国、日本初参加は1990年の中国大会でした。 ・第44回大会が東京(2003年)で開催されて以来2度目の日本(千葉)開催となりました。 ・この大会で日本チームは参加者6名全員がメダルを獲得し、国別ランキングでも6位という好成績をおさめました。 |
CCB支援内容 | ・会場選定 ・視察受入 ・財政支援(CCB-ICコンベンション開催助成金制度・成田市コンベンション開催事業補助金制度) ・語学ボランティアの紹介・大会運営補助 ・広報活動支援 (プレスリリース、財団ホームページでの情報配信、メディア取材協力) ・アトラクションの企画・手配(開会式での和太鼓) ・千葉市長の閉会式出席調整(メダル授与・ご挨拶) ・業者紹介(運営会社・ケータリング等) ・後援名義 ・観光ガイドマップ配布 |
第64回国際数学オリンピック日本大会を終えて
数学オリンピックの事務局長を長年つとめられた淺井様からの寄稿文
公益財団法人数学オリンピック財団
前事務局長 淺井 康明 様
国際数学オリンピック(IMO)の大会は、参加国持ち回りで毎年開催されており、2003年の日本大会以来20年近くになっていることもあり、2017年のIMOブラジル大会で日本開催が提案され、翌年2018年7月のIMOルーマニア大会にて2023年の第64回国際数学オリンピック(IMO2023)の日本での開催が正式に決定された。
2017年4月には、IMO日本大会準備委員会を発足させ、まずは大会会場の決定に向けて議論を重ねた。検討の結果、千葉県は、成田国際空港を擁し、また羽田・東京国際空港にも至近であることから、アクセスに便利な地であり、福井県など他の有力な候補地もあったが、アクセスの便利さから千葉市幕張メッセでの開催が決定した。
千葉市での開催にあたり、ちば国際コンベンションビューロー(CCB)が全面的な協力を申し出、大会運営業者の決定(株式会社日本旅行)のみならず、運営協議での会議室の提供、大会会場のホテルとの折衝など、スムーズに行うことが出来た。CCBの手厚いサポート体制が無ければ、日本大会の成功は無かったと言っても過言ではない。
なお、CCBからは、日本大会の助成金をもいただき、大会の後援もお願いしたほか、大会期間に47人ものボランティアの方々も斡旋していただき、各国選手団の空港での出迎え、開会式・閉会式の受付、宿舎ホテルでの誘導・案内等でご協力をいただいた。現場での臨機応変の対応で、円滑な大会運営の助けとなったことに感謝申し上げたい。
IMO大会の意義は、世界の数学的能力に優れた若者の発掘・育成にあり、その点では、過去最大の112ヶ国・地域から、代表選手618名の参加があったこと、アフリカ諸国等新興国の参加が増したとなどが評価されよう。
例年のことながら、大会期間中は、コンテストとは別に、選手同士の交流の場を設けており、今回の日本大会でも、リラックスできる部屋を提供した。大会会場近くの神田外語大学のグランド・テニスコートもお借りし、希望する選手は、サッカーやテニスが楽しむことができた。
さらに、今回は、日本大会スポンサー企業の紹介ブースを会場に設け、ジブラルタ生命保険株式会社、富士通株式会社など6社が出展し、世界的な企業のブースに関心を示す選手も多く、コンテスト等の合間に密度の濃い時間を過ごした。
IMO日本大会の大きな目的の一つには、日本文化の紹介があり、「日本文化×数学」をテーマに、大会期間中に、ワークショップとして、「茶道-裏千家」「ふろしき」「モザイクパズル」「折り紙」などを行い、好評であった。
また、コンテスト後の選手団のツアー(Excursion)も、例年の通り2日間用意しており、今回の日本大会では、1日目は東京ディズニーランド、2日目は、「NTT」をはじめとする企業訪問や千葉県の「東大柏の葉キャンパス見学」など10コースを用意し、各国選手団の希望に沿うかたちで、分かれての見学ツアーを行った。日本を代表する企業や研究機関を見学できたことは、各国選手の知的好奇心を刺激したようである。
なお、団長団には、大会前半(7/2~5)にコンテスト問題を協議して検討し決定した後、選手団とは別に千葉県の有名な成田山新勝寺や伊能忠敬記念館を見学してもらい、日本の文化財に触れてもらった。
IMO2023日本大会の開会式では、前永岡桂子文部科学大臣のご挨拶、閉会式では神谷俊一千葉市長のご挨拶をいただき、大会を予定通り終えることが出来た。新型コロナの感染拡大も心配されたが、IMO日本大会前には日本も世界でもコロナの規制が緩やかになる中の開催で、幸い大会期間中参加した選手団でコロナに感染したものはいなかった。
閉会式終了後(7月12日)東京ベイ幕張ホールにて、Farewell Partyを開催し、立食パーティーの形式で各国選手の交流の場を設けた。大会参加者からは、「気配りのあるすばらしい大会だった。」「ホテル(景色)や食事はエクセレントだった。」「Excursionでコースを選択できて楽しめた。」等々の好評価を得られた。大会終了時には、「大会成功おめでとう」との各国関係者からの声をいただき、大会運営、大会会場、宿泊ホテル等のきめ細かい対応が称賛された。これも都市と自然のほどよい融合を実現している地元千葉のロケーションがあっての成功であった。ちょうど20年前の日本大会では、東京都心を会場にしたが、今回、地方都市での開催の可能性を示したことは、とかく東京一極集中の開催スタイルから地方中核都市開催の道を切り開いた大会とも位置付けることができ、千葉県はそのパイオニアになったと評価出来ると思っている。
2017年4月には、IMO日本大会準備委員会を発足させ、まずは大会会場の決定に向けて議論を重ねた。検討の結果、千葉県は、成田国際空港を擁し、また羽田・東京国際空港にも至近であることから、アクセスに便利な地であり、福井県など他の有力な候補地もあったが、アクセスの便利さから千葉市幕張メッセでの開催が決定した。
千葉市での開催にあたり、ちば国際コンベンションビューロー(CCB)が全面的な協力を申し出、大会運営業者の決定(株式会社日本旅行)のみならず、運営協議での会議室の提供、大会会場のホテルとの折衝など、スムーズに行うことが出来た。CCBの手厚いサポート体制が無ければ、日本大会の成功は無かったと言っても過言ではない。
なお、CCBからは、日本大会の助成金をもいただき、大会の後援もお願いしたほか、大会期間に47人ものボランティアの方々も斡旋していただき、各国選手団の空港での出迎え、開会式・閉会式の受付、宿舎ホテルでの誘導・案内等でご協力をいただいた。現場での臨機応変の対応で、円滑な大会運営の助けとなったことに感謝申し上げたい。
IMO大会の意義は、世界の数学的能力に優れた若者の発掘・育成にあり、その点では、過去最大の112ヶ国・地域から、代表選手618名の参加があったこと、アフリカ諸国等新興国の参加が増したとなどが評価されよう。
例年のことながら、大会期間中は、コンテストとは別に、選手同士の交流の場を設けており、今回の日本大会でも、リラックスできる部屋を提供した。大会会場近くの神田外語大学のグランド・テニスコートもお借りし、希望する選手は、サッカーやテニスが楽しむことができた。
さらに、今回は、日本大会スポンサー企業の紹介ブースを会場に設け、ジブラルタ生命保険株式会社、富士通株式会社など6社が出展し、世界的な企業のブースに関心を示す選手も多く、コンテスト等の合間に密度の濃い時間を過ごした。
IMO日本大会の大きな目的の一つには、日本文化の紹介があり、「日本文化×数学」をテーマに、大会期間中に、ワークショップとして、「茶道-裏千家」「ふろしき」「モザイクパズル」「折り紙」などを行い、好評であった。
また、コンテスト後の選手団のツアー(Excursion)も、例年の通り2日間用意しており、今回の日本大会では、1日目は東京ディズニーランド、2日目は、「NTT」をはじめとする企業訪問や千葉県の「東大柏の葉キャンパス見学」など10コースを用意し、各国選手団の希望に沿うかたちで、分かれての見学ツアーを行った。日本を代表する企業や研究機関を見学できたことは、各国選手の知的好奇心を刺激したようである。
なお、団長団には、大会前半(7/2~5)にコンテスト問題を協議して検討し決定した後、選手団とは別に千葉県の有名な成田山新勝寺や伊能忠敬記念館を見学してもらい、日本の文化財に触れてもらった。
IMO2023日本大会の開会式では、前永岡桂子文部科学大臣のご挨拶、閉会式では神谷俊一千葉市長のご挨拶をいただき、大会を予定通り終えることが出来た。新型コロナの感染拡大も心配されたが、IMO日本大会前には日本も世界でもコロナの規制が緩やかになる中の開催で、幸い大会期間中参加した選手団でコロナに感染したものはいなかった。
閉会式終了後(7月12日)東京ベイ幕張ホールにて、Farewell Partyを開催し、立食パーティーの形式で各国選手の交流の場を設けた。大会参加者からは、「気配りのあるすばらしい大会だった。」「ホテル(景色)や食事はエクセレントだった。」「Excursionでコースを選択できて楽しめた。」等々の好評価を得られた。大会終了時には、「大会成功おめでとう」との各国関係者からの声をいただき、大会運営、大会会場、宿泊ホテル等のきめ細かい対応が称賛された。これも都市と自然のほどよい融合を実現している地元千葉のロケーションがあっての成功であった。ちょうど20年前の日本大会では、東京都心を会場にしたが、今回、地方都市での開催の可能性を示したことは、とかく東京一極集中の開催スタイルから地方中核都市開催の道を切り開いた大会とも位置付けることができ、千葉県はそのパイオニアになったと評価出来ると思っている。